34日目 障害体験のための事例研究

中学校の時に車いす体験した、目隠ししてブラインド体験したよって人も多いと思いますが、

わたしはそのような障害体験を学校等でしたことありませんでした。

実際に体験するのは来週なのですが、今日はその障害者のモデル設定をする授業でした。

なんで、さっさと車いす乗せてくれへんのかって初めは思ったけど、

よく考えるとソーシャルワーカーとして大事なことは、本人や家族がどう社会生活を営んでいくかを考え、その手伝いをすることなわけで、

車いす乗って「思ったより大変やった」「バリアフリーをすすめてほしいな」

みたいな感想を持つためではないんですね。そりゃそうです。

ちなみに私のグループは体に重りをつけて、加齢による運動能力の低下を体験することになりました。

車いす乗れへんやん。

それでもワーカーとしてかかわる前提でモデル設定を話し合いました。

現在80歳、2年ほど前に奥さんに先立たれ、現在はバリアフリー用にリフォームした持ち家に一人暮らし。一人娘は仕事と家庭があるため週末に様子をうかがいに来てくれるが、本人は筋力の低下で外出は徒歩5分ほどのコンビニかスーパーに行く程度。

娘の要望で平日はヘルパーさんが来て食事の準備や掃除をしてくれる。腰とひざ周りの筋肉が特に弱いため、入浴に介助が必要な状態だが、トイレや食事などはゆっくりながらも介助なしで自力でやっている。

本人は体力や筋力の低下を受け入れていないので、ヘルパーさんの親切が気に入らないこともあり時折きつい言葉を浴びせることもあるが、世話焼きの娘には頭が上がらない様子。

ただ、娘も子育てが終わったものの50代で夫や義両親の面倒も見なければならないと考えており、父親といえどもべったり世話するわけにはいかず、半ば強引にヘルパーを頼み、週末も無理やり連れだすなどして孤独にならないようにしている。

性格や食のこだわりなどを考えれば考えるほど、自分の親の近い将来に思えてきて、他人ごとではない感じがしてきました。

また、自分が年老いた時に周りに迷惑をかけたり気を遣わせたり、もしくは疎まれたり嫌がられたりするかもしれないと想像すると、

いまのうちからある程度準備をしておく必要があるなと考えてしまいました。

まだ、障害を持つことが自分の中ではifであり、別世界と無意識に思っていますが、家族が障害を持つことも、自分が事故等で「そっち側(別世界の認識からあえて使っています)」に行くことも

いつ起こってもおかしくないって考えると、急に怖くなってきました。

自分が障害を持ってそっち側になったときのために、

1年後の自分がそっち側の人として寄り添うために、

しっかりとifを自分ごととして経験してこようと決意しました。

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